一寸ノスタルジーな気分に

わたしの小中学校時代の巨星、“真空飛び膝蹴り”でキックボクシングを有名にした、「キックの鬼」で有名だった沢村忠さんが、78歳の生涯を閉じられました。ーーーーーーーーーーーーーーーー

昭和50年前後アマチュアボクシングの木庭選手は、高校時代からスター選手で、遠く輝いていた存在でした。

写真の説明はありません。

わたしは、中学時代柔道部に所属して初段を取得しました。しかし当時の柔道は、体重別制度が主でなく、体格差で圧倒されて限界を感じていました。

そんな時、高校の同級生がボクシングジムに行こうと誘われて、高校1年夏前から名鉄金山駅ちかくにあるボクシングジム通いを始めました。

当時の金山駅は名鉄、国鉄(当時)、地下鉄駅がバラバラで、練習後に疲れたり、打たれて顔や体が痛かったりして自宅に帰るのが億劫なとき、働きながらプロボクサーを目指していたジムの先輩が、自宅アパートに泊めてくれたことがありました。あの先輩は今どうしているのか。

話しは戻り、木庭選手は、フライ級では長身で、スマートで綺麗なジャブが伸びるテクニシャン、わたしは体が硬いのもあって、力任せの荒いファイタースタイルで全然でした。対戦はありませんでしたが、遠くから「凄いなぁ~、持って生まれているモノが違うわ」と感嘆していたのを思い出します。

そんな彼は、日本大学へ進学して卒業後オリンピック代表に選ばれ、メダルも期待されるほどの選手に成長していました。わたしは地元の大学へ進み、ボクシングから遠ざかる日々を送りました。

彼は、23歳の全盛期に、日本選手団がモスクワオリンピックボイコットで、ライトウェルターの赤井英和選手や(現タレント・俳優)、同年で金メダルが確実視されていた柔道の山下泰裕選手やマラソンの瀬古選手とともに、出場の機会を奪われて悔し涙を流した一人です。

彼が、4年後のロサンゼルスオリンピックに出場したか否かは、記憶にありませんでしたが、25歳で引退したとの記事なので、出場していない事を知りました。

ロスオリンピックでは、柔道の山下選手は、怪我をしながらも金メダルを勝ち取り、瀬古選手はレース途中から失速した事を思い出します。

その後の彼の人生を、新聞報道で知りました。懐かしく昔を思い出します。

コロナの第4波で、1年延期されたオリンピックが開催できるのか、オリンピック開催自体の是非が問われていますが、彼らみたいに40年前と同じ思いをするアスリートが出ないのかが、気にかかります。

アスリートたちに責任はありません。

昨夜から、お笑いタレントの有吉さんとアナウンサーの夏目さんが結婚の報告があれば、田中邦衛さんなどのご逝去があり、時代は動いていきます。

 

 

 

 

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